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文学フリマの感想

 北海道大学短歌会という組織から、また稀風社という組織から、それぞれ頒布された冊子がある。私は短歌などを寄稿した。大阪府は堺市文学フリマという同人誌即売会が開かれ、私は、いた。「第16回文学フリマin大阪」などとあちらこちらには書かれているとおもう。北海道大学短歌会の冊子には短歌連作「春と痛覚」と一首評を、稀風社の冊子には短歌連作「西暦二〇一二年三上春海短歌記録五〇首」と俳句連作「冬鳥へ」を書いたが、それがなんだ。なんでもない。

 何のためにするのかと問えることと問えないことがある。問えないとは、問うことができないという可能性の問題と、問うべきでないという当為の問題に二分されるが(例えばある種の闘争は目的を問えないが)(それに戦争を含めるべきかはわからない)。

 文学は何のためにあるのか。私にはわからない。あるいはそれはやはり問えないことかもしれないが、私は問うてしまう種類の人間であり、目的性を忘れられない。私はスケールが小さい人間だから、せいぜいが一〇〇年規模の未来しかもっぱら想像していない。一〇〇年後にも短歌は可能だろうか、もちろん可能だ。いま、口語で書くべきか、カタカナを使わないべきか、などと論争をするひととたちがいるが、すべてどうでもいいだろう。「べき」がなんだ。『古典』が存在するのであれば、古典感覚は復活する。古典感覚を無理に「べき」論によって維持させようとする必要がわからない。古典感覚を生き残らせるためには、「べき」論を用いるのではなく、古典を残すべきなのだ。古典はいまあるし、これからもある。何かを否定するのではなく、肯定することのみが力を生じる。「書くべきでない」と述べるのは害悪だ。「書こう」と述べることこそが必要悪だ。

 だからそれは、古典への通路を、わかりやすい形で存在させておくということにもなる。私には古典感覚がないが、それは通路に触れなかったからだ。通路とは例えば文人である父、あるいは見識豊かな教師だ。いま古典感覚がもし失われているとしたら(もっとも、私はこの前提に違和感を覚えるが)(仮に失われていると仮定して論を進める)、それは通路がないからだ。父は死に、教師は失墜した! 一〇〇年後の私たちが一〇〇年前の私たちと同じように古典に触れられるように、古典への通路を保存することが必要ではないか。これは無意味な「べき」論だろうか、そうだ。だから、言い換える。「べき」ではなく、「する」のだ。私は通路になりたい。なるのだ。

 二二世紀の私たちのための古典への通路に私はなりたい。特定の主義を形成したくない。私は回廊だ。私を踏みしだいて、未来の天才と過去の天才が交通すればよいだろう。私は非凡ではない。せめて、私が土台になればいい。一〇〇〇〇年後に残る文学を私は作ることができないはずだ。しかし、作りうる天才のために、その経路になら私はなれるのではないか。天才は私を過ぎ去って、私のことなど記憶しないでよい。

 

 文学フリマには天才になりたい人が溢れて、生理学的には楽しかったが、論理的に私は状況を悲しむ。どうせ、これでよいのだけど。すべて消尽する、そして流転する。永劫回帰だ。すべて善いのだ。そして、だからこそすべてだめだ。天才になろうとするな。読まれようとするな。見られようとするな。私は空間になりたい。見ることを可能にするのが空間だ。天才は光だ。空間はエーテルだ(もちろん、エーテルとは比喩でしかない)。私は見られたくないし、エーテルでありたい。記憶されることに意味はないし、記録されることにも意味はない。自己を保存しようと私はしない。私は天才を生きさせたい。

 もちろん、以上は抽象的な宣言にすぎないし、単なる気の迷いでもあるだろう。悲しみが見せた幻燈なのだ、すべて。でもだとしてもその幻燈を、私はここに記録する。私は天才じゃない、生きて、死ぬんだ。

 天才になりたいものたちよ、自分のために書け。生活を愛するものたちよ、他人のために書け。書け、書くんだ。書き続けろ!

 

 以上、文学フリマが楽しかったという話。