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円城塔先生の第146回芥川賞受賞についての雑感

 昨日、2012年1月17日、作家の円城塔先生が『道化師の蝶』という作品で第146回芥川賞を受賞した。

 円城先生が芥川賞の候補になっていたことは知っていた。

 私自身は芥川賞について、興味を持って調べていたわけではない。私は文学の「良き読者」ではない。円城先生以外の候補の先生方、その作品については、ほとんどなにも知っていないのだ。もちろん、私は円城先生の知人というわけでもない。ただの読者、それも、あまり真面目ではない読者である。

 だから驚いている。円城先生が芥川賞を受賞したことに驚いている。そして、そのことに驚く自分自身に驚いている。

 

 ツイッターの早川書房のアカウントから、私はこのニュースを知った。信じられないというか、「マジで?」というのが、私の第一の印象だった、投稿だった(これは呟いてからすぐに消した)。それからすぐに、ニコニコ生放送で円城先生の受賞会見を見た。今朝、めざましテレビでの電話インタビューもまた見た。モニタの前には、子供のように「わくわく」する自分がいた。私はただの読者でしかないのに。

 円城先生についての情報を隅から隅まで知ろうとする、まるで「ファン」であるかのような自分の振る舞いに驚いた。そしてその困惑のまま、この文章を書いている。自分が何をしているのかよくわからない。

 

 話は変わる。円城先生は、そして円城先生の芥川賞受賞は、他と比較したわけではないけれどもきっとかなり不思議な「現象」だと思う。奇妙、とも言える。「芥川賞を受賞しなかった」とすれば、多くの円城先生の「良き読者」から、きっと非難が寄せられただろう。『これはペンです』のときにもそのような事態の萌芽はあった。しかしかといって、「芥川賞を受賞した」いま、円城先生のではなく狭義の文学の「良き読者」から、また別方向の非難が寄せられるような気がする。予感がある。

 もちろん、これはただの予感でしかない。

 

 私から言葉を伝えようなどと、そんなおこがましいことは思わない。伝えられるはずがないだろう。でも、文章の締めくくりにはこの言葉以外に考えられない。だから書く。

 受賞、おめでとうございました。