食パンの破壊 土地

ひとと話さすぎてよくわからない ことばがおかしくなってしまいそうだ 日記をひさしぶりにつけよう

まだ書いていない評論のメイキング その1

さいきん短歌会の後輩*1に評論の書き方を教えてくださいよーなどとよく言われるのだけれども評論の書き方なんてこっちが教えて欲しいくらいである。毎回がむしゃらに書いている。でも現在のところのわたしの我流の評論の書き方の「道筋」みたいなものを、ど…

相撲部部室に土俵はあるか

なんの脈絡もないといえばないのだけれども,「過去」と「現在」のことを考えている。そういう感じの文章がふたつちかぢか総合誌と同人誌に載ります。 いまやわたしたちは価値の多元性のなかを生きていて,たとえば人の死を好むひとがいても,そのひとがひと…

ふと地球上すべてに閉じ込められる

以前「誰にもわからない短歌入門」に書いたことなのだけれども,小説と違って,短歌では「登場人物」と「語り手」の違いが意識されることが少ない。 三人称で書かれた小説を考えると,読者はそこに「登場人物」とは別の「語り手」の存在をどうしても読み取る…

『関係について』について その1

生沼義朗さんから歌集『関係について』をご恵贈いただいた。経緯は以下。 所用で実家に寄ったら、第二歌集『関係について』が梱包ごとでてきた。もし読みたい、という方がいらしたら、ブログで取り上げてくれるか、メールで感想を寄せてくれる方優先で、とり…

所感 of 「「「「批評ニューウェーブ」への疑問」への疑問」への疑問」について

【背景】 1.「批評ニューウェーブ」への疑問 | 塔短歌会 2.「「批評ニューウェーブ」への疑問」への疑問(久真八志さん) 例に挙がっている評論を全て読んだわけではないのですが、これらの論者は「この評論は数字を用いて分析しているので客観的である…

毎日がケーキ

先日、第三十三回現代短歌評論賞という由緒ただしき賞をさずかりました。ありがとうございました。じょーねつというひとには「かみはるには評論は向かない」とずっと言われていて、たしかに私は評論のような線的な文章を書くのが苦手でなかなか苦労して、な…

もしも明日あのひとが崩御をしたらぼくたちはどのようなツイートをするだろうか

記事タイトルは最近真剣に悩んでいることなんですが(だれかたすけてください)それとは関係なく短歌の連作について文章を書きます。 瀬戸夏子「巻頭言」について 瀬戸夏子(1985~)は『そのなかに心臓をつくって住みなさい』という歌集を出している天才な…

ポップソング!

ポップなことはよいことだ。 「知」をどこまで信じるかという問題があって,「知」とは過去のことであり,「知」を体現するということは過去を体現することである。「知」とは「地」のことであって,また,「知」とは「血」のことでもあるのは,「地縁」は「…

げもり

札幌駅と大通駅をつなぐ地下道にセイコーマート(北海道を中心に展開するローカルなコンビニエンスストア)があるのだけれども、その店頭を少し離れた位置に三角コーンがポールでつながれながら5個ほど並べられていて、すこし立入禁止のようだと思った。お腹…

人間寿司

寿司屋の夢を見た。 回転寿司に入ると、まずわたしたちは入り口から一番近い席に座らせられる。店内は繁華街の飲み屋のように細長く、奥へ続いていて、その先は薄暗い。コートを脱いだので冬だった。 目の前に若い賃労働者がい、彼が寿司屋特有の威勢良い挨…

不安

日記を書く。不安である。『詩客』に柳澤美晴さんが短歌時評を書いていて『短歌時評第109回男子VS女子』という記事なのだがそこで三上春海が言及されている。三上春海はわたしのことだ。 12月19日の早朝、NHK札幌放送局が『おはよう北海道』の中でSNSを中心…

山本さん

山本さんにあったことは2回だけあって山本さんとインターネットを利用して声を交わしたことはそれよりも10回以上多くある。山本さんは天才である。山本さんについて書き始めているのはべつに山本さんについて書かなければならない喫緊の課題があるわけではま…

文学フリマの東京の2回目の感想

2013/11/4(月)に開かれた第17回文学フリマに参加をするため11/3(日)から11/5(火)まで東京にいた。鈴木ちはねさんの家に宿泊をさせてもらったために宿泊費を浪費することなく往復の飛行機代約3万円とその他の雑費のみの負担で東京に滞在をすることができた。…

メモ-2013/10/6

頼まれて批評を書いているのだがわたしは批評がなんの「ため」にあるのかつまりそれが本質的にどういうことなのかがてんでわからなくなってしまい、書けない。批評とはなにかがわからないということを書いてしまってそれでは批評にはならない。以前NHKのテレ…

メモ-2013/10/1

雨は常に「こちら側」にしかなくなぜ誰の死体も叫びださないのか「こちら側」でも 前回は「書くこと」と「演じること」を「非今志向」と「今志向」として性質付けしたのだけれどもこれを別様に喩えることができて、「書くこと」は「出産すること」に「演じる…

完璧な本

『六つの星星』を読んでいたら川上未映子さんが小説を書くことは苦しいと言っていて、なぜなら『絶対に完璧な本なんて書けない、ということが最初から分かっているから』と書いていてそうだよねーとおもいました。もちろんわたしは川上未映子さんではないか…

ブログを書けないことを書く

あの夏のわすれられたプールサイドで かんたんに死ぬなんていうなよ ブログを書くことをよくやっていたころはパソコンをよくやっていたのだけれども、さいきんは実験がいそがしいにくわえてあまりパソコンをやらなくなって、iPadやそういった端末でインター…

文学フリマの感想

北海道大学短歌会という組織から、また稀風社という組織から、それぞれ頒布された冊子がある。私は短歌などを寄稿した。大阪府は堺市で文学フリマという同人誌即売会が開かれ、私は、いた。「第16回文学フリマin大阪」などとあちらこちらには書かれていると…

ミカミハルミ日記

前の記事を書いたのはすでに去年の話であり、書くべきことがあるわけではいまだない。ブログの名前をいつのまにかミカミハルミ日記に変えたのはいつのころだったかなんて思い出せない。今は2013年の4月だ。文学フリマに参加するための準備をしていて、僕はや…

ミカミハルミの展開図

このブログのタイトルがまた変わって、ミカミハルミの展開図になった。スピッツを聴きながらキーボードを叩いていて、酔いはすでに覚めている。書くべきことなどあるはずがない。でも書く。だから書く。 文学フリマというイベントがあって稀風社というサーク…

詩について最近思うこと

詩集をさいきんよく目にする。あえて、「読んでいる」とは書かないでおく。 例えば『活発な暗闇』という、小説家の江國香織さんが編んだ詩集をぱらぱらとめくっていて、どの詩もおもしろくて、感動している。 詩だ、とおもう。 でも、それだけでしかない。 …

戦国コレクションについて書くことなど

戦国コレクションというアニメをちょっと前まですごくわくわくしながら観ていたのだけれども、視聴時の感動を、どんどんと忘れている私がいる。もう、あまり覚えていないのかもしれない。あれだけわくわくしていたはずなのに、全部、いつの日か忘れてしまう…

どうせぼくらはリリカルでポエティックでどうしようもなくセンチメンタル

lyrical 抒情的な,抒情詩の,熱情的な poetic 詩的な,詩の,ロマンチックな sentimental 感情的な,感じやすい さてと。 最近俳句と麻雀の勉強を始めた。煙草を吸ってみた。だからどうした、といえばどうしたこともない。しばらくは小説を書いていた。短歌を書…

性別はいくつあるか考えてみる、それは64種類か

繊細な問題であり、下手なことは言えないのだけれども、試し書きとして、おもいうかんだことを書いてみたい。 人間の性別はいくつあるのだろうか、と考える。 まず人間にかぎらず、「性別」という概念の可能性全体を考える。平面上に円を二つ、一部が重なる…

幻想と創作

『酒と幻想』と題した前回の記事を書いた記憶が覚えてはいるのだけれどもややぼんやりとしていて、いつもとは違うスイッチが入っていた。でもまあ(だからこそ?)面白いとはおもっている。 その方向が妥当か否かはさておいて、考えを少しだけ突きすすめてみ…

酒と幻想

最近酒を飲む機会が連続してあってうんざりしているわけではないのだけれどもまあ多少はあきあきしていて、そして考えることが多いかもしれない。 酒は生命に必要か? 不要だ。それは間違いない。酒は娯楽であり、余剰であり、生命維持に必要不可欠なもので…

ラジオ体操をしたことがないひとのために書くことができるものはあるだろうか

朝、外は曇っていた。急いでいたけど、外階段をおりるとき近隣のマンションのベランダが目にとまった。誰ともわからない誰かの部屋で、カーテンは閉ざされていた。その誰かのベランダには男物の洗濯物がほんのすこしだけ干されていて、一人暮らしだろう、と…

2012年5月6日前後について

過去を振りかえりながら日記的な文章を書こうとおもう。例によって、他でもない私自身のために。 2012年5月6日、私は文学フリマというイベントに参加するために東京にいた。正しくは第十四回文学フリマという。早朝、夜行バスを降りる。5:40に新橋駅についた…

永訣の一行

眠れないので嘘を書こう。 気のむくまま。 最近はランボオの『地獄の季節』を読んでいる。岩波文庫の赤で、訳者は小林秀雄。他に私は新潮文庫の『ランボー詩集』も持っていて、そちらには『地獄の季節』からは一編、『うわごと(その二)』(岩波文庫版では…

言葉の記憶を書くということ、詩について

青春18切符が余っているので、住んでいるところ、つまり札幌を起点にして北海道各地を日帰りで移動・通過しようと計画していて、昨日、その第一日目を終えた。詳しい経路等についてはノートに手書きで書きためているものがあって、いわゆる旅行記なのだけど…

共同性と個別性についてのメモ、あるいは永遠について

『読んだことのない本について堂々と語る方法』という本を読み終えた。 最近さまざまな本を流し読みしながらずっと考えていることがあって、だけれどもそれをひとに説明できるかたちで、まだ言葉に置き換えることができない。そのような私ではあるけれど、せ…

卒業について、終わりについて

「映画けいおん!」を観た。久しぶりに観る映画だった。 けいおんのアニメシリーズは断続的に数話を観た程度、一応原作は人から借りて高校編の終わりまで読んだのだが、作品に対し特別強い感情を抱いているわけではない。ファンと呼ばれる立場にはないと思う…

雪に踊る、アイドル、主役とは

先日、かの「さっぽろ雪まつり」が開かれている大通公園を訪れた。 行こうと思って行ったのではなかった。地下鉄を利用して市内をぶらぶら巡っていたときに時間が余ったので、なんとなく立ち寄ったのだ。偶然その日は雪まつりの最終日だったので、私は存外う…

「本を読み終える」という思想について、読書メーター、感想文

岩波文庫の「宮柊二歌集」を読んでいる。 拾い読んでいる。 適当に気になったページを開き、そのページから何ページか読み進め、そして疲れたら本を閉じる、ということを何度も繰り返している。であるから、いつまで経っても読み終わらない。読み終わるはず…

夜の散歩、氷点下、暖かさ

昨日の夜、20時くらいから、2時間ほど街をぶらぶら歩いた。 私は散歩がすごく好きだ。深夜徘徊は特に良い。 歩きながらいろいろなことを考える。そして、そのほとんどを忘れてしまう。今は何も覚えていない。それでいい、そう思える。忘れてもいいことが…

言葉のセンス、現代詩、私

根拠や裏付けなど全くないただの感想にすぎないのだけれども、書く。 いわゆる「現代詩」(といっても私が知るのはほとんど短歌だけなのだが)、あるいは「現代詩っぽい文章」は、どうも、「言葉のセンス」さえあれば誰にでも作れる詩(文章)であるような気…

アパートの跡地について

下宿先からしばらく歩いたところに、ちょっとした更地がある。小さな公園ほどの空間が、交差点の一角にどんと広がっている。先日まで古めかしいアパートが建っていた。現在一面には、まっさらな雪が広がっている。 アパートがなくなり、交差点の見晴らしがよ…

人ごみを歩く速度について

人ごみという言葉がある。 『人がゴミのようだ』という有名なセリフがあるけれど、それとはおそらく関係がない。辞書によれば人ごみは「人混み」である、あるいは「人込み」であるらしい。人が混み合っていることを意味するのだろう。ゴミは「塵芥」である、…

円城塔先生の第146回芥川賞受賞についての雑感

昨日、2012年1月17日、作家の円城塔先生が『道化師の蝶』という作品で第146回芥川賞を受賞した。 円城先生が芥川賞の候補になっていたことは知っていた。 私自身は芥川賞について、興味を持って調べていたわけではない。私は文学の「良き読者」で…