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食パンの破壊 土地

 ひとと話さすぎてよくわからない

 ことばがおかしくなってしまいそうだ

 日記をひさしぶりにつけよう

まだ書いていない評論のメイキング その1

 さいきん短歌会の後輩*1に評論の書き方を教えてくださいよーなどとよく言われるのだけれども評論の書き方なんてこっちが教えて欲しいくらいである。毎回がむしゃらに書いている。でも現在のところのわたしの我流の評論の書き方の「道筋」みたいなものを、どこかに読めるところに書き残しておくのは、後輩のためにも、わたし自身のためにもよいのかもしれないと考えた。

 書いて整理をすること。

 きのうは「短歌とSF」について話をしていた。なので「短歌とSF」でもし評論を書くとして、どういう風にわたしは書いてゆくのかについて書いてゆきたい。

 

 そもそも短歌とSFがよくわからない

 なんで「短歌とSF」を題材にするのかは聞きそびれたのでよくわからないのだけれども、短歌とSFを題材に評論を書く必要が生じたとする。

 するとまずは、「短歌とはなにか」はとりあえず不問に付すとして、「SFとはなにか」「短歌とSFはどういう関係にあったのか」を考えてゆき、具体的にどのような評論を書くかをしぼりこんでゆくことが必要になる。また考えるといってもそれにも、「自分の頭で考える・記憶していることをおもいだす」「参考文献にあたって調べる」というふたつの方法があって、とりあえず手軽にできることが前者なのでまずは自分の頭で考える。

 短歌とSFについてわたしたちはなにを知っているだろう。

「SFとはなにか」については専門書をあとであたりたい。なんとなくの「SFのイメージ」だけを頼りにしばらく考えてゆくことにする。「短歌とSFの関係」についてはある程度想像をすることができて、たとえば80年代の、ニューウェーブと呼ばれる一群の歌人が出てきたころにはSF的モチーフが短歌であつかわれることはそんなに珍しくなくなっていたようである。たとえば加藤治郎さんに「マイロマンサー」というギブスンに取材をした歌集があるし、井辻朱美さんの歌業についてはよく聴き及んでいる。それ以降に目を転じると、笹公人黒瀬珂瀾雪舟えま、吉岡太朗、(敬称略)、などなど、SFに造詣が深かったり、SF的モチーフを歌に用いたりする多くの歌人を知っている。木下龍也さんの短歌などにもロボットがでてきたりする。

 さてでは、短歌とSFについてわたしたちは何を知らないだろう。

 たとえば先に80年代をあげたけれどそれ以前の短歌はどうなのだろう。また現在のSF的な短歌はその他の短歌との関係のなかでどのように位置づけ、どのように読んでいくことができるだろう。また「SFとはなにか」を不問に付したけれど、SF小説やSF映画など他ジャンルにおけるSF作品と比較して、短歌におけるSF表現にはどのような特色があるだろう、などと考えてゆく。

 とにかく第一のステップとして、扱う対象を明確にし、評論にしたい題材を考える糸口をつかんでゆく。

 

 さらに考える。ロジックを組み立てる

 まだ参考文献は読まないで、間違っててもいいので自分の頭のなかでひとつの仮説を組み立てる。仮説が間違っているかいないかの検証はあとで行う、という方法をわたし自身は採用している。

 仮説を組み立てる方法としては適当にメモを散らかしてもいいし好きなようにやればいいとおもうのだけれども、わたしは*2適当な長さの文章にまとめるようにしている。

 書く上ではなるべく書いたものを消さずそのまま残しておくようにする。自分の考えに必ずしも合致しない考えであっても、とりあえずおもいついたことを全部残しておく。そうやって想像をひろげてゆくようにしている。

 それで、適当にEvernoteに書き散らかしたアイデアメモがあるのでそれをここに*3参考資料として引用しておく。ここにあるものは検証を経ていないどころか、わたし自身も部分によって信じていたり信じていなかったりする適当なアイデアメモなので、引用をかたく禁じます。読んだ後は忘れることをおすすめします。

【アイデアメモ(短歌とSFの比較)はじまり】

 日本のSFの歴史はたぶん科学の日本への導入まで遡る。科学的精神のないところにSF的精神は成立しないはずである。日本における初期のSFは海外からの輸入文化で、子供むけの娯楽の読み物として、ミステリなどと同時並行に近い形で導入されたこととおもわれる。詳しくは文献をあたる必要がある。

 短歌にはそもそもの前提となる「科学的精神」が根付いていなかったのではないか。よって近代以前にSFを試みる素地はなかったといっていいだろう。

 一方で幻想文学(伝奇文学?)の素地はあった。そもそも、短歌とは「ここではないどこか」を夢見るものであっただろう(幽玄、歌枕、)。SFの起源のひとつといわれる作品が「フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス」であるが、SF的想像力と神話的想像力は近しいものであったのではないか。このような「神話的想像力」と短歌は近しいものといえるだろう(八重垣…)。

 近代短歌とSFの関係は? 戦前のSFがわからない……。

 戦後に日本にはあまたの文化が花開いたがそのうちのひとつにSFも位置付けられる。ゴジラなどの特撮映画や、手塚治虫らによるSF漫画はその後現在につづく日本文化の礎を気付いた。その背景には、戦争という「外圧」を内部に取り込むための、想像力の格闘があっただろう(要検討)。核戦争を以下にして自国の文化の枠組み内で消化するか。このような問いに取り組んだもののひとつがSFである(要検討)。

 戦争に対峙する想像力という観点からは、初期のSFと塚本邦雄(前衛短歌?)には類似点が指摘できる。彼らは同じモチーフに突き動かされていたのではないか。しかし、塚本邦雄は(すくなくとも初期は)方法としてSFを意識することはおそらくなかった。SFは戦後しばらくは、いわば「子供の文化」としてとらえられていたのではないか(そもそも小説自体がむかしには子供の文化とおもわれていた?インテリが小説を読みだしたのは近代以降だろう)。

 SFと短歌は異なる道をたどる。SFは日本が工業生産の拡大にともない大国になるに従って、技術立国というキーワードの近くで、いわゆる御三家の活躍などもあり、徐々に版図を拡大していった。子どもの文化ではなくなった。その背景にはまた大阪万博という夢の舞台があり、原子力発電という夢の技術があった。科学技術の先には未来があった。一方で詩歌は苦境にあったといっていいだろう。短歌は少数者の文学となっていった。

 80年代にSF的想像力は、特にSF映画などとともに、社会的なひとつの地位を占め始めていただろう。サブカルチャーはもはや当たり前の、大人の文化がのひとつとなる。しかし日本SFはその後の冬の時代に向かっていくこととなる。経済力が下降すると、わたしたちには想像力の世界に向かい合うだけの余裕がなくなっていく(?)。

 SFが下降に向かう直前にニューウェーブの短歌があったといっていいとおもう。ニューウェーブ歌人たちはもはや当たり前のものとしてSF的な道具をつかった。SF的なものはあたりまえにあった。自分たちの現実をただ描くために、SFを導入した。

 ではそれから現在はどうなるだろう。

【アイデアメモ終了】

  これを書くのにだいたい一~二時間くらいつかった。上記でだいたい自分のなかにある印象を吐き出したので、これを使って、文献を調べながら、評論執筆にむかって乗り出してゆくことができる。

 一方で上記のなかに気になるキーワードとして「想像力」という言葉が繰り返し現れた。この「想像力」についてもうすこし自分の考えを整理したほうがよいかもしれない。

 というわけでまた検証を経ていないアイデアメモを試みた。例によって引用を禁止します

【アイデアメモ(想像力)

 ジャンル小説(SFとかミステリとかファンタジーとか)の「ジャンル意識」は基本的に近代の産物であるとおもう。英語におけるノベル(小説)とロマンス(物語)の区別とその消失を思い出す。近代科学の成立はもとより、神話的想像力を空想として切り離すこと、科学的な犯罪捜査と密室や大衆の誕生、もまた近代的な現象である。

 SFは空想科学小説と訳される(想像力…)。しかしでは、空想ではない科学小説(現実科学小説?)はあるだろうか。SFの対義語となりうるもののひとつに非科学的な小説があるだろう。たとえばファンタジーや怪奇小説がそれに分類される。それらは既存の社会システムの代表としての現実科学にたいし、科学を無効化する方向へと想像力を広げる。いっぽうで、現実科学小説というものがもしあるとして、それはわたしたちの普通の小説のことかもしれない。小説は既存の社会システム(としての科学)そのものを否定するというよりは、まずそれを受け入れ、そのなかで物語を描こうとする。だとして空想科学小説は科学システムのその先を夢見ようとする。

 短歌におけるSFを論じる前に、短歌における「科学」をまず論じなければならないのではないか。と考えたとき、写生(写実主義)とはまずその理念からいって「科学的」な記述を目指すものであったはずだ。写生以前には科学的な短歌というのはなかったといってもいいだろうか。だからこそ近代(近代科学の時代)には写生が意味を持ったのだとおもう。しかしながら、実際には写生は茂吉のいう「実相観入」という、東洋思想的な秘技めいたものとなっていった。短歌は主観的なものとして鍛え上げられていった。(俳句のほうがだから科学にはなじむ。短歌の風景は主観によって描かれやすい、それ自体として描かれることが難しいのではないか。)

 短歌は一方で、主観的な幻想にはとてもなじみやすい(「らむ」推量、「ような」直喩、象徴主義、……)。

 短歌は客観的な「手続き」を描くというよりは、手続きの果ての「感情」を問題にすることがおおい。だからSFの退屈な部分(退屈な描写の連続、科学的な精密さを目指すハードSF)を再現することは難しい。短歌にできるのは、SFの「結果」をかすめとることだとおもう。SF的な道具を利用し、SFの叙情を引用すること。わたしたち人類の感情のストックの、さくらがきれい、ひとりがさびしい、などと同じような部分に、宇宙は美しい、ロボットとなかよくなりたい、戦争はきれいだ、などがストックされはじめているのかもしれない。そういった感情のストックをおおくのSF短歌は借りてくるのではないか。多くの短歌は無から有をうみだすといよりは、わたしたちが知っているものを再体験させる(模倣?)のではないか。

「わたしたちが知っているもの」のなかに、多くのSF的なイメージが入ってきた。だからこそ『つむじ風』のようなカジュアルSFが描かれるようになってきた?

【アイデアメモ終了】

  ここまで書いたところで、「短歌における想像力」と「SFにおける想像力」を比較するとおもしろそう、というアイデアがようやくまとまってきた。そして仮説として以下のような(まだ茫漠とした真偽不明の)考えをまとめることができた。

(短歌における想像力は目の前にないものを描く「古典和歌的想像力」がまずあり、写生主義のもとではこの想像力がおさえられて、戦後には前衛短歌により「想像力の復興」がこころみられた。これと同時に「SF的な想像力」もまた日本でおおきくなっていった)(短歌はわたしたちがすでに知っている(でもあまり気づいていない)感情を再現することが得意だが、現代ではSF的な想像力やSF的な詩情があたりまえになり、それを引用することもたやすくなった。のでSF的な短歌はよくつくられるようになった。)

 

 さて、これだけだとまだ「仮説の検証」に至るまでの手続きが見えてこない。のでここからは仮説をもうすこしわかりやすく、検証可能なかたちにまでつづめていく。たとえば古典和歌の想像力とはどういうものだったのか、というテーマでもひとつの論文になるだろうし、戦後短歌と戦後SFの比較、というテーマでもひとつの論文になるだろう。写生と科学、という対比も面白いかもしれない。このような無数に考えられる「論文のテーマ」のなかから、自分が書きたいし自分の能力でも書ける、というものへ焦点をしぼりこんでゆく

 またテーマを絞り込むといってもすでに先行研究のあるテーマを繰り返してもしかたがない。ので同時に文献調査を開始する。仮説やテーマはオリジナルなのか。適当に立てたこの仮説は本当に検証に耐えられるほどの仮説なのか、を読みながら考えながら検証してゆく。

 続きは進展があったら書きます。

*1:大鳥居さんと小田島さん

*2:いまこの文章を書いているのもそうなのだけれども

*3:はっきりいって恥ずかしいのだけれども大したことも書いていないので

相撲部部室に土俵はあるか

 なんの脈絡もないといえばないのだけれども,「過去」と「現在」のことを考えている。そういう感じの文章がふたつちかぢか総合誌と同人誌に載ります。

 

 いまやわたしたちは価値の多元性のなかを生きていて,たとえば人の死を好むひとがいても,そのひとがひとに危害を加えない限りにおいては,そのような趣味嗜好があるということ自体は決して否定することができないし,またしてはいけないとおもう。たとえば野蛮な文化があっても,それをどこまで「人権」の旗印のもとで矯正していいかというと,むずかしい。「平和主義」や「基本的人権の尊重」といった価値観は普遍的であるべきだとわたしたちの多くはおもうけれども,いっぽうで,わたしたちはその普遍的な価値観をみたす限りにおいて価値観の多様性へとひらかれてもいる。

 

 普遍性と,多様性

 

「平和主義」や「基本的人権の尊重」が普遍的な価値観のひとつとして立ち上げられる前はしかし,むしろ,価値観の多様性というのはまだ視野に入っていなかったのだとおもう。「古い誤った価値観」をとにかく排除していくことこそが重要であったのだろう。たとえばそれは「基本的人権」を迫害する種々の差別で,そこにおいてわたしたちは,憎むべきものとして「過去」の「因習」にたちむかっていた。

 ごくごくざっくりといえば儒教道徳のような価値観が普遍的なものとしてかつてあって,そこにおいてはその普遍性を満たすかたちで価値観の多様性が保たれていて,しかし普遍的な価値観が「儒教道徳など」から「平和主義」や「基本的人権の尊重」のような別のものにきりかわると,旧来の価値観で合法とされたものはあたらしい普遍的な価値観を満たさなくなり,まずはそれらが修正されることになり,やがて修正があるていどいきとどくとふたたび価値観の多様性が満たされるようになってくる,という流れを実際の歴史がたどったのかどうかは勉強不足なのでわからない。

 少なくともかつて否定されるべきものとして「過去」の一部の風習はあったし,いまもまたそれらの多くは否定されるべきものとして考えられている。

 価値観の多様性は価値観のアナーキズムではない。

 

「過去」を否定することによってかつてひとびとはその反作用により現在を駆動していった。*1しかし否定されるべき「過去」の存在感がうすまってゆくと反作用はうまく機能しなくなる。また価値観の多様性が,やがてアナーキズムのように捉えられていってしまえば,やはりそのような反作用はあまりうまく機能しなくなってゆく。「過去」への回帰がおこる。

 

「過去」を否定したひとびと,たとえば旧派和歌を否定した正岡子規であったり,俗流アララギ的なものに反発した塚本邦雄であったり,あるいは文語短歌に対する口語短歌であったりは,「過去」にどっぷりとつかった上の世代のひとびとの説得に成功したがゆえに一大勢力を築いたわけではないのだとおもう。そうではなく,「過去」とは異なる新しい価値観を築いた上で,それを自分よりも下の世代にうまく布教することに成功したがゆえに,おおきな勢力となったのではないか。

「過去」の否定によって生じる力は「過去」を変える力ではなく,「過去」とは異なるものを創発する力である,ともいえるかもしれない。

 たとえば穂村弘をみていても布教がとてもうまいとおもう。自分の価値観を「短歌ください」や「ぼくの短歌ノート」などで提示して,それに引かれるひとを,つぎつぎと自分の影響圏においていく(といって結社の師弟制度のように制度的に囲い込むわけではなくて,ただ「おもしろい」という,魅力=Attractive Force=引力によって惹きつける)。

 穂村弘の影響を「時代の風」としてうけた2000年代に学生短歌界隈にいた若い歌人,永井祐,石川美南,堂園昌彦なども,このようなかぎかっこつきの「布教」に,たぶん意識してはいないとおもうけれどとても意欲的なように,彼女たち(彼ら)に「布教」される下の世代の人間としてみていると感じる。べつに特別になにをされているというわけでもあまりないのだけれども。種々の同人誌で活躍していた彼ら(彼女たち)は,下の世代に及ぼす影響力がつよい。先に活躍している彼女たち(彼ら)はあまりにも魅力的にみえ,見上げているうちにひきこまれている。逆に言えば,下の世代に及ぼす影響力がつよいひとほど活躍しているとみなされるような気がする。

 学生短歌会の後輩(その最右翼として「町」や「率」の歌人)やその周辺のひとびとをどんどんと引きつけて,ひとを集めて,環境を変えていく,という引力・環境改変力をおもう。あるいは「学生短歌会」という場はこのような引力が結社以上に発生しやすい場のようにおもう。

 しかし学生短歌会の先輩たちは,正岡子規塚本邦雄のように新しい価値観やあたらしいパラダイムを提示して,その価値観がゆえにひとをひきつけているわけではなく,ただ先輩であるがゆえにひとをひきつけているだけなのかもしれない。後輩はよく見分けないといけない。一緒に注意していきましょう。

 

 んで,わたしよりも若いひとがどんどん増えてくるのだけれども,上の世代ばかり見ているとそんなかんじで引力圏にひきこまれてしまうので(なにしろ上の世代はすごく魅力的なのだ),ほかにも古今東西のできるだけいろんな引力をうけて,ラグランジュ・ポイントにただようように,バランスよく,引力がつりあった無重力状態をなせるようにするとか,あるいは逆に彼ら(彼女たち)の作戦を利用して自分よりも下の世代にいまのうちにめをつけておくといいのかもしれないとおもいました。

 

 以上。

*1:若いころの山田航氏の文章はかなりこの「過去の否定」を志していて,『桜前線開架宣言』ではそのようなとがった感じは弱められているのだけれども,でもその余波はやはり感じられる,というどうでもいい余談。

ふと地球上すべてに閉じ込められる

 以前「誰にもわからない短歌入門」に書いたことなのだけれども,小説と違って,短歌では「登場人物」と「語り手」の違いが意識されることが少ない。

 三人称で書かれた小説を考えると,読者はそこに「登場人物」とは別の「語り手」の存在をどうしても読み取る。「語り手」は「作者」の分身かもしれないし,あるいは「作者」とは無関係で,作中に仮に作られた「神の視点」かもしれない。三人称で書かれた小説ならば,「作者」はまず「語り手」を喋らせ,それによって「登場人物」を操作することになる。また一人称で書かれたフィクションならば「登場人物」と「語り手」は一致するだろうし,一人称のノンフィクションならば「登場人物」と「語り手」と「作者」は基本的にはすべてイコールで結ばれることになる。
 しかし短歌を読む際にはあまり「語り手」が意識されることはない。短歌をしているひとはよく,小説における主人公のようなものを「作中主体」と呼ぶ。多くのひとはたぶん「歌人」が直接「作中主体」を操作していると考えているとおもう。実際には短歌においても視点としての「語り手」(歌い手)のようなものがあり,「作者」(歌人)はまず「歌い手」を生み出して,それから「作中主体」を動かしているはずなのだけれども。

ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも
 斎藤茂吉『あらたま』

 この歌には「夕方になって大根の葉に時雨が降っている」という景色があり,それを見ている「作中主体」がいる。そしてそれを歌にした「歌い手」がいる。「歌い手」というのは小説における「語り手」と同じように,目の前のテクストから読者が受けとる想像上の人物像であり,実際にこの歌を作った「作者」「歌人」とは関係がない。*1

 なのだけれども,わたしたちはこれまでそのようには考えてこなかったようである。つまりわたしたちはこれまで「歌い手」と「歌人」を同一視してきたようにおもう。多くのひとはこの歌について,「作中主体」=「歌い手」=「歌人」=斎藤茂吉であると考えてきた。また,この歌の「作中主体」は「歌人」と直結している,とは読まない注意深い読者であっても,「歌人」である斎藤茂吉が「作中主体」について歌っている,というふうに考えて,斎藤茂吉がまずこのような歌を読むであろう「歌い手」という場を作成し,その上でその「歌い手」の場から「作中主体」を動かしている,とは考えてこなかったようである。*2
 このようにして,小説でいう「語り手」の位相,テクストの構造上どうしても要請されるテクスト内部のとある空間に,「歌人」という外部の存在が挿入されることになる。その結果短歌は「私性の文学」になってきたのではないかと考えている。

 

ゆるいゆるい家路の坂の頂上でふと地球上すべてが見える
 永井祐『日本の中でたのしく暮らす』

「作中主体」というか,「歌い手」というか,の眼がすごくなってしまった歌である。この歌は一人称視点の歌だろうか,それとも三人称視点の歌だろうか。
 この歌が一人称で書かれているとすると,わたしがゆるいゆるい家路の坂を登って,やっと頂上についた,ふう,と一息をついた瞬間に地球上すべてが見えたような気になった,というような歌になるとおもう。上句の描写はだから静的な情景描写ではなく,動的な時間経過を表現していることになる。
 一方でこの歌は三人称で書かれていて,わたしは「神の視点」に近い存在で,この歌の上句は静的な情景であると捉えることもできるかもしれない。「ゆるいゆるい家路の坂」もその「頂上」も「地球上すべて」も視点人物によって一望されているのかもしれない。「ゆるいゆるい家路の坂の頂上にいま人がいて,そのひとはいまふと地球上すべてが見えると考えている」。そのひとが三人称である「神の視点」の側にちょっと溶けてきちゃったから,「神の視点」を部分的に共有してしまって,地球上すべてが見えてしまったのである,と考えるのもおもしろい。

 でも,やっぱりこの後者の解釈には無理があるだろう。三人称ならば「ゆるいゆるい家路の坂の頂上で地球上すべてが見えている」とか,もうすこし突き放した表現になるだろうから,「ふと地球上すべてが見える」はやはり一人称の視点からの描写におもう。
 なのでこの歌はやはり一人称視点の歌だとおもう。そしてそのような「作中主体」=「歌い手」として見えてくる像は,なんというか,永井さん本人には会ったことがないけれど,やはり「歌人」である永井祐っぽい感じがする。あるいはそうなるように永井さんが散文などで「歌い手」の場をつくりだしている,というか。
 永井さんの歌はどれを読んでも,基本的には,見えてくる「歌い手」の像が似ているとおもう。なので連作や歌集で読むとそこにひとりのひとがいることがわかって,多くの歌がひとつの場所に集まってくるようで,なんというか安心する。

カードキー忘れて水を買いに出て僕は世界に閉じ込められる
 木下龍也『つむじ風、ここにあります』

 先に引用した永井さんの歌と同じく,「作中主体」の人物がいて,その人物が「世界全体」という三人称視点でなければ見れないものについて考えをめぐらせている歌である。この歌は一人称視点だろうか,それとも三人称視点だろうか。

 先の歌の「ふと地球上すべてが見える」に比べると「僕は世界に閉じ込められる」は現実的というか,不可能なことを想像しているわけではない。引きこもっているひとが「引きこもっているのではなくこの部屋の外に世界を閉じ込めているのだ」と述べるいうのはどこかで聞いたことのある話だし,別段突拍子のないことが書かれているわけではないのだとおもう。なのだけれども,一人称というには,視点の位置が不思議である。

 カードキーを忘れて水を買いに行きました,外に閉じ込められました,というまさにその渦中にいる,焦っているであろう状態のひとがこういうことを朗々と「歌い出す」というのはあまりうまく想像ができない(ミュージカルとか,演劇ならばありえる)。一人称視点だとすると,この歌が歌われているのが「いつ」なのかがよくわからなくなるのだ。このひとが水を買いに出て,外のほうへ閉じ込められた瞬間,というのはこのひとはまだそのことに気がついていないのだから歌えるはずがない。水を買いに出てからカードキーを忘れていたことに気づいて,あ,しまった,閉じ込められたぞ,とおもった瞬間にこういうことを「歌い出す」というのも,先に述べたようになんだか変である。現実的な状況を考えると,「あ,しまった,閉じ込められたぞ」とおもったと同時に「しめしめ,これは歌になるぞ」とひらめきを得て,それからなんとかして部屋の鍵を開けてもらって部屋にもどって,やれやれ,とおもってベッドに座り,それから当時のことを振り返ってパソコンに向かってこの歌を打ち込んだ,というのがこの歌の「いつ」であるとすればわかる。*3
 となるとこの歌は「僕」の一人称ではなくて,過去の自分という他人=「僕」=「作中主体」がいて,それを俯瞰しているいまの「歌い手」がいて,その視点から描かれているのではないか,と考えたほうがしっくりするようにおもう。さらにまた,「カードキー忘れて水を買いに出て僕は世界に閉じ込められた」と過去形だったら上記の解釈のように「僕」を「歌い手」と別時間の同一人物として考えてよいのだけれども,「閉じ込められる」と現在形で書かれることによって,視点人物である「歌い手」と「作中主体」である「僕」は,微妙に乖離することになる。この歌には「僕」と「歌い手」というふたりの人物が描かれている,といってもいいかもしれない。

 なので「僕」という自称にはほとんど意味が無く,いくらでも代替が可能である。だからたとえば,「カードキー忘れて水を買いに出てきみは世界に閉じ込められる」でも,「カードキー忘れて水を買いに出てジョンは世界に閉じ込められる」でも,歌の構造的な良さにはほとんど影響が出てこない。

 

 木下さんの歌は普通の歌人に比較して,「作中主体」を突き放して俯瞰した,三人称視点で描かれているように印象を受ける歌が多いと感じる。永井さんの歌については「見えてくる「歌い手」の像が似ている」と書いたけれども,木下さんの歌については,少なくとも『つむじ風、ここにあります』については,だから,わたしはあまり「歌い手」の像について印象を抱かなかった。

 一首単位での印象はとても強いのに,連作全体,歌集全体となると,印象がまとまらず逆にぼやけてくるような,そんな歌集が『つむじ風、ここにあります』だった*4。それはひょっとしたら,木下さんの歌が,一首ごとにそれぞれ(かっこいい)(とぼけた)(愛らしい)(おそろしい)「歌い手」を制作しているがために,全体としての「歌い手」の像を読者に結ばせないからなのかもしれない。


 最後に適当なことを書くと,一人称が使われているけれどもほとんど三人称視点の描写になっていて,「歌い手」が「作中主体」を凝視したような構造になっている,という歌がこんごはますます増えてくるのかもしれないとおもう。液晶という「窓」をつうじてインターネットをぼんやりとながめるとき,わたしは登場人物というよりも,登場人物としてのわたしの言動をあやつる「神の視点」にいるような気がする。三人称視点のほうがより実感にあうという世代は,今後ますます増えるとおもう。みんな「窓」の向こう側にいて,こちら側にはだれもいなくなってしまう,ということも「誰にもわからない短歌入門」に書いたつもりなのだけれども。
 終わり。

      あす

まりあまりあ明日あめがふるどんなあめでも 窓に額をあてていようよ

 加藤治郎『昏睡のパラダイス』 

 

*1: 岡井隆がいう「像」というのはこの「歌い手」の像のことだとおもっている。

*2:これは短歌が小説に比べてとても短いこと,また定型を持つ「歌」であること,などに起因するのかもしれないけれどよくわからない

*3:実際の製作の経緯がどうだったとかそういう話ではなく

*4:だれかががどこかで歌人を「一首屹立型」と「連作・歌集型」にわけて木下さんを前者に区分していたような気がする

『関係について』について その1

 生沼義朗さんから歌集『関係について』をご恵贈いただいた。経緯は以下。

 なので何か文章を、軽めのエッセイのような文章を書こうとおもう。

 

 生沼さんにわたしがはじめて会ったのは第一回新宿職安通り大学短歌会という、鈴木ちはね氏がわたしのために開いてくれただれでも参加できる形式の歌会で、そこで生沼さんの歌にわたしが票をいれたことを憶えている。それ以前には第一歌集『水は襤褸に』を帯広市の図書館で読んでいた。当時読みながらとったノートにはたとえばつぎのような(理知的で概念的な)歌がメモされている。

〈了〉という印をはやく打ってくれ、自死などというかたちではなく

しくしくと明日が痛みぬ。概念や解釈にまみれ生きているから

胃袋をウイスキーにて満たしたれば水禽のにおいわが裡に満つ 

ペリカンの死を見届ける予感して水禽園にひとり来ていつ

 生沼義朗(2002)『水は襤褸に』ながらみ書房.

 つぎに生沼さんにお会いしたのは昨年の短歌研究三賞の授賞式のときで、都下のてきとうな居酒屋でひらかれた三次会では生沼さんと中島裕介さんが話すのを、わたしと、新人賞の遠野さんと、あとそのほか数人で囲んで話を聞いていた、のだったとおもうけれどもちがうかもしれない。ほとんどが男性のあつまりであったとおもう。

 ので、というわけではないのだけれども、男性性のことを考えている。

 

 男性性、あるいは「男性らしさ」というものは、ないといえばないし、あるといえばある。いや、やはりないのだとおもう。しかし男性性という機能はいまはまだ実在のものとしてわたしたちの社会ではふるまって(しまって)いる。 

「男性らしさ」が男性たちに本質として内在するからわたしたちはそれについておもうことができる、というよりは、わたしたちがそれについておもうから「男性らしさ」というものがあたかも実在するかのように機能してしまっている、と考えておいたほうがいいような気がするのだけれども、だからそれについて考えるということはそれを補強するということでもあり、男性性のことなんてみんな忘れてしまえばいいのかもしれない、そうすれば100年後にはだれもおもいだせなくなるのかもしれない、とおもう、というか考えている。でも『関係について』を読みながら、そこにわたしはむせかえるような男性性を感じて(しまって)いた。男性性についてだからかんがえようとおもう。

 でも、『関係について』は決して男性主義的な歌集ではない。

 

 人間とは精神である。精神とは何であるか? 精神とは自己である。自己とは何であるか? 自己とは自己自身に関係するところの関係である、すなわち関係ということには関係が自己自身に関係するものなることが含まれている、――それで自己とは単なる関係ではなしに、関係が自己自身に関係するというそのことである。*1

 

 なに言っているのかぜんぜんわかんないなとおもって読むのをやめてしまった本が読んだことのある本よりもたぶん多くあって、そのうちのひとつが『死に至る病』なのだけれども、自我(ego)に対して自己(self)には「他者の他者」という側面があるとかつてべつの本で読んだことがあって、引用部はそういうことを言っている文章なのかなあと考えている。だから生沼さんの歌集の『関係について』というタイトルは、「自己について」と読み替えることもできるのかもしれない。

『関係について』は多くのものを描く歌集である。そして多くの「もの」をつうじて得た自己を描く歌集でもある。たとえば『関係について』には電車で長野や富山にむかう際のみちゆきを描いた「信州行」「北流まで」という連作や、ある裁判の傍聴経験に着想を得たらしい「東京地裁四一二号法廷」など、テーマ性・物語性の強い連作がいくつか収録されている。一方でそういったテーマや物語をもたない、日常、生活を描いた歌がおおく収録されていることも『関係について』の特色である。たとえば次に例示するように、食事や飲食物の歌がおおい。

まっしろな牛乳パックに牛乳は満たされており 苦しからずや*2

日常が肥大している。食卓にトマトソースを吸い過ぎのパスタが*3

シーチキンをホワイトソースに入れたれば素性分からぬ食感となる*4

爪楊枝嚙めば嚙むほど木の味がしみだしており木であるゆえに*5

食べてさえいれば死なない、コンビニの商品多くは食い物であり*6

カロリーは偉大なりけりとりあえず食えば少しは淋しさの減る*7

 おおくのものを描くこと。それはどうしても「もの」と自分の関係を描くことであり、つまりはものを描くと同時にそれをみている「自己」を描くことでもある。だから『関係について』にはおおくの「自己」がある。ただしそれは「自我」ではなく、「もの」との関係を通じて、「もの」の側から照射された「自己」である。

「食べる」という行為はとくに「自己」の描写を補完してゆく。食べるということは他なるものを自己にとりこむことであり、食べることを通じてわたしたちは、他なるものにより絶えず自己を補強しつづけている。食べることによって日常や生活は保たれる。引用は省くけれど、『関係について』にはまた「日常」や「生活」といった言葉を直接詠んだ歌もおおい。

  そういえば『死に至る病』とおなじくぜんぜんわからなかった本に『全体性と無限』という本があって、そこでは「食べる」ということについてこんなことが書かれていた。

食べるという活動はとりわけてものにかぶりつくということを含んでいるのだけれども、表象されるにすぎないようないっさいの実在に対して、栄養物となるこの実在の有する剰余が、そのことによってこそ測られる。それは量的な剰余なのではなく、〈私〉という絶対的なはじまりが、〈私ではないもの〉に宙づりにされているしかたなのである。(中略)欲求の充足にあってたしかに、私を基礎づける世界の異邦性はその他性を失うことになる。つまり満腹することで、私が喰らいついていた実在的なものは同化され、他なるもののうちにあった諸力は私の諸力となり、私となる(だから欲求の充足はすべてなんらかの点で、それ自体として糧となるのである)。さらに労働と所有によって、糧の他性もまた〈同〉のうちに組みいれられる。ここで問題となっている関係は、だがどこまでいっても、表象が有する、さきに語った意味での創発性とは根底的にことなっている。ここでは関係が反転しているのだ。(中略)私が生きている世界は、思考と、構成するその自由とに対して、たんに向かいあうものではなく、それとたんに同時的なものなのでもない。世界は思考と自由を条件づけ、それに先行する。私が構成する世界が私を養い、私を浸している。*8

 

 ところで自己をえがくといえば斎藤茂吉の『実相に観入して自然、自己一元の生を写す。これが短歌上の写生である。』という言葉がおもいだされる。観入すること、つまり「見ること」が写生の基本的な方法だった。言い換えれば、「見ること」をつうじて自然と自己を関係させることが写生の方法だったのだとおもう。「食べること」もまた自然と自己とを関係させる行為である。また「食べること」について『全体性と無限』ではこんなことも書かれていた。

 私たちがそれによって生き、それを享受するものは、そのような生それ自体とは混同されない。私はパンを食べ、音楽を聴き、じぶんの考えの流れをたどる。私がじぶんの生を生きているとしても、私が生きている生と、その生を生きるという事実そのものは、それでもなおべつのことがらである。(中略)生がその内容に関係するしかたである享受は、志向性のひとつの形式なのではないだろうか。その語のフッサール的な意味でとらえられ、人間存在の普遍的な事実としてかなりひろい意味で受けとられた志向性の一形式なのではないか。*9

「食べること」も「見ること」もともに志向することであり、関係することである。あるいはだから、「食べること」も「見ること」もひとしく「観入すること」であると言っていいのかもしれない。そしてだからそれは「写生」へと通じるのだろう。

 

「写生」の話がでたので、すこし話をそらして、短歌をつくるとはどういうことかについて考える。

 わたしたちは短歌をつくることを「詠む」という。「詠む」は「読む」と同じ音を持つけれど、「詠む」と「読む」の語源にはともに数を数えるという行為があったという。readの語源もまた、さかのぼると「計算する」とか「推論する」という意味にたどりつくという。文字が生まれるまえですら、わたしたちは数を数えることですでに世界を「よんで」いたらしい。「読む」とは、いまあなたがこの文章を読んでいるように目の前の文字情報を解釈するということのみならず、もっとひろく目の前のことを「考える」ことであったのかもしれない。

 このとき、わたしたちは「目の前」というものを前提にしている。つまりここでは「目が見える」ことが前提されている。点字を読む場合でも、わたしたちは目の前のものに意識をむかわせていることに変わりはない。つまりわたしたちは「よむ」さいに目の前のものを志向している。「よむ」は前提として、「よむ」対象となるものが志向可能なものであることを必要とする。だから写生は短歌と相性がよいのかもしれない。「よむ」ために観入することが必要なのである。

 一方で、短歌は歌であり、わたしたちは短歌を「詠う」こともできる。「歌」の語源は「うたた」という言葉にいまものこる、ある種の「トランス状態=うた状態」だったのではないか、と国文学者の藤井貞和はのべていた。だとしたら、目が見えなくても、意識がなくてもわたしたちはうたうことができるはずだ。世界にもしわたし以外なにもなかったらわたしたちは世界を「よむ」ことはできないが、しかしわたしたちはそれでも「うたう」ことができる。志向性がなくても歌はうたえる(しかしあるいはそうではなく、自我が自我にどこまでも観入することが「うたう」ことなのかという気もする)。

 

 短歌をつくるにはどうもふたつの方法があるのではないか。

 ひとつは主体の志向性にもとづき、目の前のものを「よむ」という方法である。このとき志向性は多くの場合、「写生」に代表される「見ること」として発露する。また「よむ」ことはときには「心を読む」「先を読む」という言葉であらわされるような、目には見えない者に対する、理性によるはたらきかけでもあるだろう。

 一方に「うたう」という方法がある。たとえば古代のシャーマンが、巫女がその呪術の場においてうたったように。ここにあるのは理性のはたらきよりもむしろ情動のはたらきなのではないか。

 そしてこのような二分法を採用したとき、わたしたちの多くはなぜか前者に、おかしなことに、男性性をつよく感じてしまう。『関係について』は前者の「よむこと」に大きく比重を置いている歌集にわたしはおもう。そしてだから男性性をつよく『関係について』にわたしは覚えたのではないか、ともおもう。

冷やし中華の酢にむせる日は理と情のバランスはつか崩れておりぬ*10

情報の情とは何ぞ 水に落ちし犬いっせいに撲られており*11

 

 ところで以前黒瀬珂瀾歌集『蓮喰ひ人の日記』についてTwitterにこんな投稿をしたことがある。

 「情報」というのは不思議な言葉で、それはたぶん字義通りには「情けを報じる」と書き下すことができるのだけれども、いっぽうでわたしたちの多くはたとえば「情報化社会」というと機械的・理性的な社会という印象を受ける。このギャップはとても興味深いとおもう。「情」は報道によって「情報」という理性的なものに変化するのかもしれない。それで、わたしたちは普段多くの情報を目にする=読む。世界を情報として目にするとき、わたしたちは世界をその外部から監視している(ような錯覚を得る)。このとき、全展望監視システムのように、見るということは権力となる。またわたしたち一般市民の「情動」は、情報として報じられたとき、報道の暴力的なちからによって権力の前へさらされる。

 このように「読む」ことは権力である。一方で、報道されひろく読まれることが権力となる場合もある。たとえば権力者は報道によって自らの権力をひろく誇示するし、テレビやYoutubeにうつるアイドルたちは、歌を「うた」って、自らが情報として拡散されてゆくことで多くの信者を獲得してゆく。

 このようにして、「よむこと」も「うたうこと」もともに権力の行為となる。「よむこと」の権力は男性の権力であり「うたうこと」の権力は女性の権力である、と断言することはたとえ比喩的なつかいかたであっても間違っているのだけれども、でもこのような言説にいまの社会はまだ説得力をもたせてしまうかもしれない、ともおもう。

 黒瀬珂瀾氏は生沼さんと同世代の、吉田隼人氏は生沼さんより下の世代の歌人であり、そのそれぞれに「読む」ことに優れた能力をもっているひとである。そしてふたりの歌集にわたしは、それぞれ独自の在り方の、やはり男性性をおぼえる。黒瀬珂瀾―生沼義朗―吉田隼人、という一連の歌人たちの営為は、このように「読むこと」と「情報」と「権力」と「見ること」をめぐる問題圏にひきつけて読むことができるのかもしれない、とおもう。

 

 

『関係について』を書くはずが余談がおおくなってしまって歌にはほとんどふれられなかったので、今回の記事はその1として、学振の書類がちゃんと書けたら4月中にはその2としてもうすこしちゃんとした読みを書きたいなとおもいます。

 

関係について

関係について

 

 

水は襤褸に―生沼義朗歌集

水は襤褸に―生沼義朗歌集

 

 

死に至る病 (岩波文庫)

死に至る病 (岩波文庫)

 

 

全体性と無限 (上) (岩波文庫)

全体性と無限 (上) (岩波文庫)

 

  

蓮喰ひ人の日記

蓮喰ひ人の日記

 

 

空庭

空庭

 

 

忘却のための試論 Un essai pour l'oubli (現代歌人シリーズ9)

忘却のための試論 Un essai pour l'oubli (現代歌人シリーズ9)

 

 

*1:キェルケゴール著,斎藤信治訳(1939一刷:2010改版)『死に至る病岩波文庫,p.22.

*2:「クララは歩く」『関係について』p.11

*3:「誇りと平和」同p.19

*4:「竹に花」同p.69

*5:「何川」同p.130

*6:「関門」同p.158

*7:「物語」同p.190

*8:レヴィナス著,熊野純彦訳(2005)『全体性と無限(上)』岩波文庫,p.253-254.(原文傍点部に下線を付した)

*9:『全体性と無限(上)』岩波文庫,p.237-238.

*10:「塩にまで小蝿」『関係について』p.24

*11:「何川」同p.131(詞書:ライブドア事件報道)

所感 of 「「「「批評ニューウェーブ」への疑問」への疑問」への疑問」について

【背景】

1.「批評ニューウェーブ」への疑問 | 塔短歌会

2.「「批評ニューウェーブ」への疑問」への疑問(久真八志さん)

3.「「「批評ニューウェーブ」への疑問」への疑問」への疑問(三上春海さん)

4.「「「「批評ニューウェーブ」への疑問」への疑問」への疑問」について(久真八志さん)

 

【整理】 

 短歌の批評において「判断」あるいは「主観」が重要になるという点では久真さん,大森さん,三上さんの三人で認識が一致している。

 久真さんは大森さんの時評について,『「数字やデータから読み取れることを抽出・分析する」批評を何の留保もなく「透明」そして「客観的」と言い切った点』を問題視している。

 

【所感】 

 久真さんは大森さんの批評から『「数字やデータから読み取れることを抽出・分析する」批評を何の留保もなく「透明」そして「客観的」と言い切った点』という問題を見出しているけれども,このように言い切ることができるかどうか,わたしにはうまく判断がつかない,というのは,大森さんは時評のなかで計量的分析などデータに基づく批評について『①印象批評を抑制し、ある程度客観的な議論をするためのインフラになる』という一文を書いている(東京新聞に掲載された山田さんの時評をいま参照できないためこれが山田さんの時評からの引用なのか,大森さんによる要約なのかはわからない)(強調は引用者)。データに基づく批評について大森さんは少なくともこの部分では,「ある程度客観的」という留保をおいているようである。

『「透明」そして「客観的」』(久真さん)の「透明」のほうにふれるまえに時評をすこし読み進めると,山田さんの時評にふれたあとで大森さんは,『私たちが目指すべきなのは、本当に客観的な批評なのだろうか。』と書いて,議論の方向を「これまで書かれた評論の評価」ではなくて,「これから書かれるべき評論とはなにか」という,未来の方向へと向ける。だからここから先の大森さんの評論で考えられるのは「いまある」ものではなくて「ありうべき」(いまだない)評論についての思索であると考えたほうがよい(より建設的である)ようにわたしはおもう。このとき,これ以降で試みられるのは思考実験である,と考えることができる。であるからこそ,『歌をほとんど引用することなく、数字やデータから読み取れることを抽出・分析するという批評の後ろには誰がいるのだろうか。そういった言わば透明な批評ばかりでは、案外つまらなくないだろうか。』で考えられている「透明な批評」というのは,具体的なだれかの批評を指しているのではなく,議論のために仮構された想像的な対象となる。つまり,大森さんは可能的なものとしての「主観的な批評」と「客観的な批評」を想定して,このふたつを比較していく,という議論をしているのではないだろうか。

 そのうえで大森さんはこの時評のなかで批評における「主観」への期待を書く。*1。そして,久真さんが述べているように,計量的分析の結果に基づいた批評にもまた「解釈」「分析」「判断」という「主観」がある。大森さんの論旨に従うのであれば,計量的分析に基づいた批評において現れるこのような「主観」もまた,その精度によっては肯定されなければならない。三上さんは大森さんの時評について『計量分析をしたあとでの「解釈」の重要性を述べている』と書いていたけれども,大森さんによる「主観」への期待は,「計量的分析」のあとで行われる主観的な「解釈」にもまた期待を寄せているはずである(あるいは,寄せなければならない)。

 そしてまた,大森さんは現実にいまある「データに基づく批評」について『ある程度客観的』と留保していたけれども,私たちは可能なものとして,思考実験においては,「主観のみで書かれた批評」と「客観のみで書かれた批評」という極端なものを想像することができる。大森さんがこの時評のなかで未来方向についてほのめかす客観的な批評にたいする危惧は,計量的分析などを用いて現在行われている批評に対するものというよりは,この可能なものとしての「客観のみで書かれた批評」への危惧ととらえるべきだと考える*2(なぜならば,現在行われているデータに基づく批評には「解釈」という名の「主観」が含まれていて,大森さんの論理ではそれを全否定することはできないのだから)。

 あるいは,このようにテクストを読み替えて行くことでより建設的な議論が可能となる。

 

 大森さんが計量的分析・データに基づく批評を「客観のみで書かれた批評」と捉えているかどうかは実のところ確定はできないけれども,もしこのような誤解が(大森さんにかぎらずほかのあらゆる可能的な他者のうちに)あるとして,計量的分析を愛するわたしたちがするべきことは,そこにある誤解を建設的に解いていくことである。

 

 なお,『歌をほとんど引用することなく、数字やデータから読み取れることを抽出・分析するという批評の後ろには誰がいるのだろうか。そういった言わば透明な批評ばかりでは、案外つまらなくないだろうか。』(大森)という一文について,ここでいう「批評の後ろ」にいる「誰か」というのは,岡井隆は短歌の「作品の背後」に「顔」が見えるということが〈私性〉だと書いていたけれども,このような意味での「作者の像」であるようにおもわれる。たとえば「1+1=2」というこの客観的な一文に対し,私たちはその背後に「作者の像」を見出すことができない。同様に,ただ統計データをまとめただけであり「分析」や「判断」のない,可能なものとしての「客観のみで書かれた批評」にもまた,わたしたちはおおくの場合「作者の像」を見出すことができない。このとき「批評の後ろ」には誰もいない,と比喩的にいうことができる。

 しかし,私たちがすでに確認しているように,現実にある計量的分析を用いた批評には「主観」が関わっていて,その「後ろ」には「作者の像」がたしかに存在する。

*1:「主観」への期待については『塔』2015年8月号の時評水仙と盗聴(一) 読みの問題 | 塔短歌会にも書かれている

*2:そしてこれは,例えば統計学の教科書ではたいてい序論的な部分においてただソフトウェアにデータをいれて結果を手にするだけではだめで,人間による「分析」が重要である,という指摘がなされることを踏まえれば,至極まともな指摘であるようにおもう

毎日がケーキ

 先日、第三十三回現代短歌評論賞という由緒ただしき賞をさずかりました。ありがとうございました。じょーねつというひとには「かみはるには評論は向かない」とずっと言われていて、たしかに私は評論のような線的な文章を書くのが苦手でなかなか苦労して、なんとかふつうに読める文章を書くように(擬態しながら、というきもちで)書くようなかたちで書いたものでしたが賞をいただけるという栄誉に浴し、うれしいというきもちと、安心したというきもちと、これからは死ぬまで「あの現代短歌評論賞の……」というまくらことばがわたしじしんにはつくわけで、であるからこそ、賞の名にはじない立派なじんぶつにならなくてはなあとおもうしだいであります。

 

 受賞論文は「歌とテクストの相克」といい、書きたいことがおおくあり道がそれそうになるのを、無理に線的になるようにカットカットしながら書いた結果選考会では『論としての基本の部分がきちっとシンプルにできていて』(佐佐木幸綱)よいというふうに言ってもらえたのでよかったなとおもいます。それで、その論文についてはでもわかりにくい部分や、インターネット上の反応をみて、伝わっていないかもしれないとおもう部分、それから、それから考えたことなどがあるので(こういう雑文を総合誌上に載せてもらえるとはおもえないし、またこういう雑文をすきこのんで載せてくれる電子メディアもないとおもうので)日記に書いてみたいとおもいました。

 

 まず、「歌とテクストの相克」ということで短歌には「テクスト」と「歌」というふたつの側面があり、*1「テクスト」はそれ自体で存在するものであるのに対し、「歌」は「身体」があってはじめて可能になるものである、という問題があります。言い換えれば、「テクスト」はバベルの図書館におさめられていて、過去、未来に通じて常に存在する(ときには「不在」というかたちで存在する。まだ書かれていない小説は「不在」というかたちでここにある)遍時間的な存在であるわけですが、一方で「歌」ははじまりがあって終わりがあり、一定の時間的な幅のなかにしか存在できない。これは「テクスト」はそれ自体が「文体」という「身体」をもつ「主体」であるのに対し「歌」はそれ自体は身体をもたない、物質ではない、「歌」は時間的な現象である、ということに由来するのだとおもいます。

 

 それで、コーヒーを飲んでしまってねむれないので続きを書きます。

 

 たとえばわたしのツイッタ―があって、ツイッタ―でわたしは毎日おおくのひとの発言を目にするわけですが、それが「人」である保証はなんだろう。「人」は「人体」を持っていて、わたしたちは「人体」が動いていれば「人」が生きているのだと感じるわけですが、「文」は同じく「文体」をもち、というよりも「人体」をもたない「人」というのが単なる概念であるというのと同じ意味で「文体」をもたない「文」というのは概念であるわけですが、ツイッタ―上で、わたしは日々「文体」がつぎつぎと生起することを目にしています。ぎゃくにいえば、学校で、職場で、街角で出会うということは「人体」が生起するという体験です。わたしたちは生起する「人体」を目にしてそのむこうに「人」という主体がそこにある、つまりその「人体」が生きていることをおもうわけですが、同様にしてツイッタ―上ではまず「文体」を前にして「文」をおもいます。個々の「文」が主体として立ち現れます。そしてその「文」を思考している存在者として「人」へと考えをのばします。「人」が複数の「文」をたばねていて、複数の「文」の束、すなわち複数の投稿がその「人」のリアリティを担保しているのではないのかなあということを最近は考えています。目の前のひとが死ぬということは「人体」が運動をやめ、分子生物学的に言えば動的な平衡状態がやぶれて、「人体」の生起がとまり、「人体」がひとつの物質に固着してしまうということですが、「人」が死んで投稿がとまってしまったツイッタ―上では「人体」のかわりに「文体」の生起がとまるわけです。

 なにがいいたいかというと、「文」も「人」もともに「主体」としては等価であるということがいいたいわけですが*2、これについてはのちのちもうすこしわかりやすく解きほぐす必要があるとおもいます。

 

 で、「テクスト論」が必要になる、つまり「作者の死」や「主体の死」が必要になるのはなぜなのかといえば「主体」というものがある種の幻想だからであるわけだととりあえずは簡略化していうことができるのではないのかなとおもいます。構造主義の時代であれば「構造」こそが「主体」を生み出すものであり、まずは「構造」が先にあって、それから「主体」がたちあらわれる、というような議論の筋になって、先に「主体」があり「主体」がみずからの主観性をもとにして世界を構築していく、「主体」がすべて、というのは近代に生み出された幻想である、というのが現代思想のキーポイントかなとおもいます。ここでたとえば世界の規定に「言語」を置くのであればまずは「言語」が存在し、「言語」によって「主体」がつくりあげられる、というような話の筋になる。そしてこのような認識はおおむね正しいのだとおもいます。

 で。現象学の立場でいうと世界の規定にあるのは「超越論的主観性」というものになるそうですが、これはデカルトのいう「われおもうゆえにわれあり」の「われ」というよりは、「おもう」の作用に近しいそうです*3。「超越論的主観性」は場合によっては「間主観性」ともいうことができ、まずはなにかを「おもう」作用をすることのできる「場」が存在し、「場」は「間主観的な場」、すなわち他者の存在を前提として成り立っている「場」であって、その「場」においてのちのちに経験の束のようなものとして「主観性」が立ち上げられてくる、ということになるかとおもいます。ここで重要なのは「主観性」がたちあがるまえには「他者」の存在がすでにあるということです。まず「われ」がいるのではなく、まずは「あなたたち」がいる。「われ」よりも「あなたたち」が先だつ。

 

 テクスト論以前においては「作品」は「作者」の身体の延長みたいなもので「作者」の意図をよみとくことがすなわち「作品」を読み解くことだったわけですが、テクスト論は「作品」を「作者」から切り離して考えます。するとどうなるか。「作品」はそれ自体が世界のなかの「主体」*4となり、「作者」と並列して存在することになります。そのときに作品を読むということはどういう経験になるでしょうか。狭義のテクスト論者ならば「作者」の伝記的情報にふれて作品を読むということはご法度になるかとおもいますが、しかし「作者」も「作品」と等価の存在であるならば、それらを切り離して読むこともできるけれど、切り離さないで読むこともできるわけです。「文」と「人」を切り離すことのむずかしさを先に述べましたが、「文」が「人」であるというのと同じ意味で、「人」はまた「文」のような存在であり、「作者」と「作品」はそれぞれ「文」と「文」として相互に参照しあいます。ここにおいてついに「間テクスト性」と呼ばれる概念が参照されます。テクストをそれ自体で単離して*5客観的に扱えるようにするのが狭義のテクスト論であるとするならば、「でもテクストとテクストのあいだには相互に参照があって単離をするのは現実に即さないんじゃないか」と考えるのが「間テクスト性」の思想であるとわたしはいま現在考えているわけですが*6、このとき「作者」は「作品」とは無関係の「文」のひとつとして、「テクスト論」の範疇内で扱えるものになります。

 そして「作品」と「作者」の結びつきを論じることができるわけですがそこにおいて主題となるのは「作者」ではなく「読者」の問題であり、テクスト論である以上「読み」こそが重要になります。テクスト論以前の批評が「作者論」であるとするならばやはりここにおいては「読者論」に力点が置かれるわけです。

 

 それで、短歌のはなしに戻ると「歌とテクストの相克」は「歌」と「テクスト」のふたつがあって短歌においては「歌」のほうが大事だよね、と述べようとした論文ではまったくなく、「歌」と「テクスト」の相克を乗り越えて「歌でありかつテクストである」ものを読むことのできるテクスト論的な視座を提供したい、という動機のもとで書かれた論文でした。もちろんそれが本文のなかで書ききれているかというとそうはいえないわけですが。それでも、本文に書いたように重要なのは「テクスト」でありかつ「歌」であるという短歌について『この矛盾を前提として引き受け』ていくことだというのが著者のかわりない立場であるということについては(読者論に力点がおかれる、と述べておいてなんですが)述べさせておいていただけたらなあとおもいます。

 

 さてこそ「歌とテクストの相克」の本文にもどると本郷短歌会の服部恵典さんというとてもすぐれたひとがいて、服部さんにツイッタ―ですこし声をかけてみたら「歌とテクストの相克」にたいする批判をブログに書いてくれてとてもありがたいとおもっていて(ブスは天寿を全うできる : 三上春海「歌とテクストの相克」への批判)、ちゃんとした返答はこんな混沌とした記事ではなくて別にまとめて書いたほうがいいなあ、それでその服部さんによる批判にたいしてすこし返答を書いてみたいなとかんがえています(そもそもはこれが書きたかったのだった)。

 服部さんは上のブログのなかで『「作者の死」を論じたことで有名なロラン・バルトを引きながら、「作者に関する情報なしでテクストのみを与えられたとき、私たちはときにテクストの文体から、作者のパーソナリティについて想像を働かせてしまう」と述べるのは相当危うい論理です。』と書いているわけですがここについてはほとんど同意できる部分はないかなあ、とおもいます。まずロラン・バルトの『テクストは人間の形をしている。それは顔だろうか。肉体のアナグラムだろうか。そうだ。ただし、エロティックな肉体のアナグラムだ』という言葉をわたしは「歌とテクストの相克」のなかに引用したわけですが、ここと服部さんの引用部分はたぶん論理的にはつながっていない部分です。『作者に関する情報なしでテクストのみを与えられたとき、私たちはときにテクストの文体から、作者のパーソナリティについて想像を働かせてしまう』という部分についてはロラン・バルトとは関係なく、一般論として読んでみるといい部分ではないかなあとおもいます。そしてそのうえで、「文体」を「主体」にするのと同じように(先に書いたように)「作者」をまた「文」に還元しまえば(というか還元することができるので)、ロラン・バルトの「作者の死」と「文体からパーソナリティについて創造を働かせてしまう」ことについてはちゃんと共存します。

 そう、わたしは服部さんのことをほとんど「文」を通してしか知らないし、服部さんもまたわたしのことをほとんど「文」を通してしか知りません。わたしは服部さんという「作者」をツイッタ―や評論などの「文」の集積としてイメージしていますし、肉体もまた記号の一種でしかないのかもしれません。であればこそ、「作者の死」を経たうえでなお、「文体」から「作者という文」へと橋渡しがおこなわれることは可能です。

 

『結局この評論は、なぜ短歌の読者が「文体の歌声」を「作者の歌声」として聞いてしまうのかということ、すなわち「誰かの歌声が聞こえたとき、私たちはその歌声の向こう側に、それを歌った人間がたったひとり存在することをおもってしまう」というときの「たったひとり」を「作中主体」ではなく「作者」として想像してしまう力学を、明らかにできていないように思います。』

 という批判については正しいとおもいます。この評論のなかでは「文体の歌声」が「作者の歌声」として読者に読まれてしまうメカニズムについては触れることができていません。この点については論文を投稿してのち、かんがえている部分でした。

 ひとついえることとして、これはツイッタ―に書いたことですが、小説には小説のなかに「主人公」がいてさらに「語り手」という位相もまた存在します。一人称の小説では「主人公」は「語り手」と一致するし、三人称の小説では多くの場合一致しません。この「語り手」がいるからこそ「主人公」をめぐるこの物語はだれにも語られずに消え失せるということをまぬかれてこうしてここに小説として存在するのだ(もちろん実際には「作者」がその小説を書いたから存在するのだけれども)、という担保のようなものが「語り手」の想定によって行われます。そして「語り手」はまたときによって小説の外部にいる「作者」と一致したり、一致しなかったりします。この「作者」という役割はまた(読者は直接出会うことのできない)「生活者」によって担われています。「主人公」「語り手」「作者」「生活者」という四つの異なる位相があり、これらは一致したりしなかったりする。そしてときに小説の外部の存在である「作者」が「語り手」や「主人公」として小説の内部に出張してこようとする。

 この四つの区分をまた短歌に適用していると、短歌において、歌のなかの「作中主体」、さらにその作中主体の状況を作中で歌っている「歌い手」、作品の外部存在である「歌人」「生活者」という四つの位相が想定されてしかるべきです。ですが短歌においては、おそらくその詩形の短さゆえに読者の読みがそこまで深くなる必然性がないため、「歌い手」という位相についてはふつう想定されることがありません。多くの場合わたしたちは「歌人」が「歌い手」を生み出して「歌い手」が57577の韻律にのせて「作中主体」のことを歌っている、というまわりくどい読み方をするのではなくて、「歌人」が57577の韻律にのせて「作中主体」のことを歌っている、と考えます。このとき、「歌」はまずは「作品」の内部において歌われてしかるべきものであるはずですが、「作品」の外部の存在であるはずだった「歌人」が「歌い手」として「作品」の内部まで踏み込んでくる、という越境のような状況が生じます。これこそが『なぜ短歌の読者が「文体の歌声」を「作者の歌声」として聞いてしまうのか』の答えではないかな、といまは考えています。

 しかし、このとき読者が読もうとするのは「文体の歌声」なのか「作中主体の歌声」なのか「歌い手の歌声」なのか「歌人の歌声」なのか、というのはどう考えればいいのでしょう。「文体の歌声」というのはしいていうなれば「歌い手の歌声」に近いもので、でも「歌い手」というものをわたしたちは考えることがなかったのでそれについて言及することがこれまでできず、このため「歌い手の歌声」はときによって「作中主体の歌声」に分配されたり「歌人の歌声」に分配されたりしてきた、という風にはいえるのでしょうか。やっぱり違うかもしれない。「文体の歌声」はもうすこしこう全体をおおうフィルムのようなものなのかもしれない。もうすこし考えてみます。

 

 「文体」という概念をわたしがまだ扱い切れていない感じがのこります。ですが、服部さんのもうひとつの指摘についても書いておきます。

『年が若くなるにつれ(時が経つにつれ)、作者=作中主体という等式が成り立たないということと、「共同体の声/個体の声」の議論は、どう整合的に繋がるんでしょうか。』

 まずこのふたつはそれぞれ別々の現象だとわたしは考えます。「作者」と「作中主体」を切り離すのは狭義のテクスト論の影響であるのに対し、「共同体の声/個体の声」の話はテクスト論とは直接には関係する話ではないと考えます。服部さんが()で補足されているようにテクスト論的な考え方をあたりまえに大学などでおそわるようになった近年において*7作者=作中主体という等式があまり前提されなくなったのであり、年齢の若さというよりも時代背景の違いのせいでしょう。

「共同体の声/個体の声」についてもやはり時代背景の違いのせいと考えられますが、ここで「文体」という概念について考えると、そもそも「文体」には「近代文語文体」とか「現代口語文体」とか呼ばれる「共同体の文体」という側面と「谷崎潤一郎の文体」とか「大江健三郎の文体」とか呼ばれる「個人の文体」という側面があります。そして万葉調とかアララギ調とか「共同体の文体」をトレースすることが自分独自の表現をするよりも重要だ、という時代がたしかにあった(もちろん斉藤茂吉の文体などは「個体の文体」としても卓越しているわけですが)。

 一方で近年は短歌に関してこのような「規範的な文体」をおもい浮かべることができません。わたしたちはそれぞれにあたらしい文体を考えるしかない。わたしたちには「個体の声」しかない。

 以上のように、このふたつはそれぞれ別々の時代背景をうけての変化であるとおもうのですが、どうでしょうか。

 でも。「文体」の話をここで「声」の話として拡張すると「文体」が「作者」と「作中主体」の問題にもなってくるわけですね。わたしの論文はそういう論文でした。やはり「文体の歌声」というのは「作中主体の歌声」「歌人の歌声」「歌い手の歌声」とは別の現象であるようにおもいます。おもいなおしました。「作中主体」とか「歌い手」とかいうのは短歌の「意味」のなかに含まれたものなわけですが、一方で「文体」というのは意味を背負わされたその「外装」のようなものなのだとおおいます。そしてその「外装」自体が音声を発することができる。だから「近代文語文体の声」のようなものもある。それが(底流として)斉藤茂吉の短歌や佐藤佐太郎の短歌においてそれぞれ「斉藤茂吉の声」「佐藤佐太郎の声」(あるいはその作中主体、歌い手の声)にハモる。しかし読者はときにその「文体の声」を「作中主体の声」や「作者の声」だとおもってしまう、という考え方はどうだろう……? とにかく、「作者」=「作中主体」であろうとも、たとえそうでなかろうとも、「文体」は声を発します。わたしたちはその「文体」の声の新規性をあらそうしかないのだろうか?

 

 やっぱりこれは読みにくいとおもうのでもうすこし考えてからわかりやすく書き直します。服部さんごめんなさい。みなさんおつかれさまでした。いま一時間半くらいかけてがーっと一発書きでここまで全部をうちこんでそろそろ文字数が8000字に達しようかというところなんですがここに書いたことはすべてただのアイデアスケッチであって、ここに書いたことをどこかに引用して論じるのは勝手ですが、そしてもし倫理的な瑕疵などがあれば可能な限り対応したいとおもいますが、しかしここに書いた暫定的な仮説をわたしの「意見」だとして応答をもとめるむきに対してはたぶん返答しないとおもうのでどうぞよろしくお願いします。ちゃんと書き直します。

 

 ケーキ。おいしい。おやすみなさい。

*1:なおこれを「ロゴス」と「パロール」といいなおせば哲学上でなんどもなんども繰り返しかたられた問題であり、マクルーハンの「視覚的空間」と「聴覚的空間」の問題にも通じ、『〈声〉とテクストの射程』というまさにそのものを扱った論文集なども出版されていて、かつ、さいきんではアガンベンという哲学者が「声」について積極的な発言をしているそうですが、このあたりのことについてはまだあまりうまく調べられていないので割愛

*2:「文は人なり」という言葉があるそうです

*3:斉藤慶典さんがデカルトの本でこういうことを書いていたかとおもうのですが記憶があいまいなので調べなおします

*4:「客体」ではないのか?。要検討

*5:このような考え方の根底にはガリレオ・ニュートン的な古典力学がモデルとしてあるのだとおもいます

*6:ちょうど古典力学に対する複雑系の科学のようが「狭義のテクスト論」に対する「間テクスト性のテクスト論」になります

*7:穂村さんがどこかで「作者と作品は切り離して読むもの」と大学で教わった、と書かれていました